校章品川区立延山小学校
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延山小学校の今昔

1 延山小学校の誕生 
 校長室には歴代校長の写真が飾られていますが、一番最初のそれは、刀を差した武士の姿そのもので、「延山前身中山(ちゅうざん)学校校長 彦坂 彦右衛門先生」と書かれています。
 明治7(1874)年に延山小学校の前身である、中山学校(中延村、小山村の二ヶ村組合立)が現在の荏原警察署前に設立されました。
中山学校は、4年後に廃止となり、京陽学校(戸越村・中延村・小山村三ヶ村組合立)に統合されました。
 そして3年後の明治14(1881)年に、中延村・小山村の二ヶ村組合立延山小学校が誕生しました。校名は、中延村の「延」と小山村の「山」を合わせて「延山(えんざん)」と名づけられました。1学級、児童数はおよそ30名だったそうです。
 
2 校章が定められる(明治44年ころ)
 校章は、周りになでしこの花びらを型どり、ハートの中に「延山」の文字が書かれています。校歌の二番の歌詞に「校のしるしの なでしこのよう われらはのびよう やさしく強く」とあります。
 
3 校歌制定
 昭和15年、校歌が制定されました。慶應義塾応援歌「若き血」などの作曲で知られる堀内敬三氏の作詞・作曲です。
「♪ 日本の都 大東京の」の歌詞で始まる、歌えば歌うほど趣のある校歌です。
 
4 沿革
 大正12年の関東大震災で、東京市内外よりこの地域への移住者が増加し、児童数も急増しました。
昭和9年には、学級数50,児童数2869名と開校以来最高記録になりました。
昭和19年、太平洋戦争がはげしくなり、学童疎開が行われました。富山県中新川郡上市町・雄山町・柿沢村の三ヶ町村七寺に分宿(この年3年以上311名、翌20年は1年以上実施)
 今の校舎は、昭和36年~39年にかけて建てられました。平成2年に二層式の体育館が完成し、現在に至っています。
 
5 卒業児童累計数
 平成29年度までに、12300名の優秀な人材を世に送り出しました。二代、三代にわたって延山小学校を卒業したという家庭も少なくありません。まさに、地域と共に歩む延山小学校です。

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